社団法人 日本印刷技術協会という印刷屋の元締めがあるのだけれど、そこのサイトに、「WebをDTPの延長で捉えるのは命取り」なんていうページがあった。

 印刷にせよWebにせよメディアを生業とするのならば、クライアントの目的に対して如何に効果的であるか、つまり如何にレスポンシブルであるか、如何に費用対効果に優れているかが重要なのです。その視点あってこそのデザイン、システムであるべきです。「クライアントは印刷物が欲しいのではない。その印刷物を用いて得られる効果が欲しいのだ」とはよく耳にする言葉ですが、Webにおいてもその意味を噛みしめる必要があります。

んなこた、当たり前だが、この印刷屋さんと顧客との間にも、仕事のどの部分までをどっちが主体になってするのかという境界線の欠如を感じる。
プロだから分かる使い方や部数まで踏まえた効果的な提案をするべきだ。
なぜなら、それが可能な職種だからだ。
可能というのは、3つの意味でである。

ひとつには、経験(能力)である。
ひとつには、立場(責任)である。
そしてひとつには、プライド(愛)である。

言い換えると、

プロとしての経験に裏打ちされたスキルで、
プロとしての責任を持った立場で、
プロとしてのプライドや作り出すものへの愛を大切に仕事をするべきである。

顧客が「こんなチラシ作ってくれ」と素案を出したものから、版下を起こして、印刷するのだけの「作業者」が印刷屋さんなら、SI屋よりもむしろ、ホームページ屋とかプログラマとかの方が近いだろう。
印刷屋さんの言う印刷物とは、われわれSI屋の言うコンテンツに他ならない。
「コンテンツをどうデザインするかがSI屋の腕の見せ所だ」
などと言うときの意味合いは、決して、
「印刷物をどう格好良く飾るかが印刷屋の腕の見せ所だ」
と同意ではない。
単純に、意匠という意味のみがデザインではなく、「有機的な設計」という意味こそが本来のデザインである。
綺麗に飾り立てたサイトを作ることは、ちょいと励めば、べつに素人でも誰でも出来る。
しかしそれは、「出来上がった瞬間に死んでいるサイトなら」だ。

バラバラなサイトの部分要素を、それぞれの性格・意味合い・存在意義に照らした「生かし方」を考えた上で、有機的にまとめて、生命を吹き込むことがわれわれの仕事だ。
生まれた後に育てやすいような子供に生む。
(特別の技術的なスキルを要求しない更新のしやすい設計)
今日より明日、明日より明後日と、大きく丈夫に育つ子供に生む。
(蓄積データの有効活用を最初から目的にした設計)
たくさんの丈夫な子供の親になれるように生む。
(データ部分と、フロントエンド部分をキッチリ切り離し、後日の再利用のしやすい設計)

少なくとも、私はそうしてきたし、そうしていく。

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