グズの人にはわけがあるという本を1〜2年前に妹婿に借りて未だ返していない。
このことひとつとっても、私が物事にキチンとした人間とは言えないのが、よくわかる。
一種、グズの証明である。
*1
ここのところ仕事がやけに忙しく、また、なれない土地への長期出張中であることもあって、夜眠れないことが続いた。
どうせ眠れないのなら・・・と、午前1時や4時あたりから出張先の顧問先事務所に出かけて、仕事をしたりもしてみたが、なんだか、気になって、今晩はこの本を読み直した。

読み直したというと格好いいように聞こえるが、前回は流し読み程度で終わっているので、いわば、初めて読むようなものだ。
かの本によると、私は、【反抗者タイプのグズ人間】であるらしい。

  • 注1彼からはBluesBrothersのDVDも借りっぱなしで、
    おまけに、まだちゃんと見れていないが「借りたモノは返さない」という人間な訳でもない。説得力がなく、言い訳じみた注釈であるが・・・

  1. 気が進まないことを頼まれると、不機嫌になったり、イライラしたり、理屈っぽくなる。
    (そんなつもりはないが、そう見えるかも△)
  2. したくない課題をサボるために、わざとゆっくりとしたり、能率悪く仕事をすることがある。(これは自信を持って×)
  3. 思ってもいなかったことをするはめになると、恨みがましく思ったり、やられた気分になる。
    (はい・・・そーゆーとこあります・・・○)
  4. 人から理不尽な要求をされるように感じる。
    (理不尽な要求は職業柄よくされるのだけれど、まぁ、○)
  5. 忘れていた、重要ではなかったと言って、必要なことをやらないでいることがある。
    (私なりの言い訳はあるが、最近ヒトにこう言われたので○)
  6. 人から何をしたかとか、なぜしなかったのかなどと聞かれると、責められている気分になる。
    (ん〜最近思い当たるふしあり・・・で、○)
  7. 自分は人が思ったり、あるいは言っているよりもじょうずに仕事をしていると思う。
    (はい・・・思ってます。○)
  8. 「こうすればもっと生産性があがる」と、指導されると気を悪くする。
    (ごもっともな意見なら気を悪くなんてしないけど、「その方法は2秒で思いついて3秒目にボツにしたの!」なんて場合は、そうかも・・・で、△)
  9. 人は、私が担当する仕事を効率よくなっていない、と非難したり、していないことにいら立ちを感じているようである。
    (結構、能率には自信があるし、人からそういう指摘をされたこともないので、×)
  10. 権威のある人を批判したり、笑い者にすることがある。
    (激しくある!(^^;;◎)

ん〜立派に14/20です。
10点以上は主要タイプだそうなので、一通り「反抗者タイプのグズ人間」の項目を読む。

◎反抗者グズ人間は、自分に必要なことより、人が要求し期待しているものでしか人生を考えられない。
反抗者グズ人間は誰かに強制されることを避け、拒否し、それと戦おうと常に警戒している。

思い当たるなぁ〜・・・26才で会社を作ったのもそんな要素が大きかったからだろうし、10年後に会社をたたんでからも、個人でこんな仕事してるのだって、そういうところがあるからなんだろうな。
自分の衝動の奴隷とはうまいこというなぁ。

自分が仕事で苦労することについては、しかたがないと考えている。
「信用できないイエスマン」ではなく、自分のような「個性のある人間」はそれは避けられない運命と受け取っている。
だからこの態度を直す気はない。
たとえ
それが問題の根本的な原因だとしても。
反抗者グズ人間は、他人の動機や行動に、欠点や不当な要求や攻撃性を見出して、過敏に反応する。
その一方で、自分がその人たちに依存していることなどまったく気づかない。

職業柄、確かに人の2倍3倍の資料研究や下調べを行なって、時間と手間をかけて導き出した答えだからと、独善的な方に傾いたモノの言い方をしてる自分に「なんかやらしいなぁ」と思ったことも少なくない。
パートナーやクライアント、友人や肉親、まわりの人たちに依存して生きているという事実は、
「コンサルタントという仕事上、正しいと思ったことを主張するのは大切」
と信じるあまり、ガンコで天上天下唯我独尊てな態度に埋もれてしまって、忘れられてしまっていたのかもしれない。
冷静で論理的なつもりが、「私は自分の考えやアドバイスに自信を持てるまで研究調査してこの解を見つけたのだ」という(これ自体主観的な)自信から、頭ごなしに論破していただけなのだろうか。
そのときそのとき一緒に仕事をしていく顧問先のスタッフたちと、自然な流れで共に考え行き着いた結論としてのコンセンサスを図ることこそが大切なのに、
自分の考えが正しいというプライドが、正しい行動指針に水をさしていたのではなかろうか。
あらゆるモノに「こだわり」をもって生きることが、自分が自分であり続ける最も大切な部分だという勘違いに気づいたのは、もう10年も前のことだったはずなのに。
体中の全ての鱗が逆鱗だなんていう龍は、付き合いづらいったらありゃしないじゃないかと、自身に命じたのはずいぶん前のことだったのだが・・・
自分の心のくせを振り返ると、
「この方法が正しいのだろうか?それともこの方法?」
「徹夜で分析したこの資料は、この方法が正しいと指している」
(何も考えていないだれかに小さな、あるいは大きな否定を受ける)
「え?なんで分からないの?どう考えてもこうに決まっているじゃないか」
「じゃ、私が全部の労力と責任をもっていついつまでに仕上げます!」
(ことの本質を理解できていない誰かから思う評価を受けられない場合)
「なんでわからないんだ?」
ん〜・・・余裕がなさすぎますな。これじゃ。
「正しい仕事をしたい」という自分の『欲求』が満たされたことに、「ありがとう」の気持ちを持てるようにしたいものです。

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